2011年10月24日月曜日

受験英語こそが英語だ!

受験英語は日本人が英語だと思っている根源である。それは、英語の文章の単語一つ一つを裏返せば、日本語の訳があり、その訳語を適切な順番に置き換えれば、英語を理解したということになるのです。
実際、受験英語はそういった形式を組むのは仕方がないのです。(現に最近では訳を受験の解答欄に持ち込まなくなってきているのは非常にいいとおもう。)その理由に学生が英語を理解したのか先生は知りたいのであるからです。沢山の様々な答えが正解といわれると学生も不安になるでしょう。それに大学側も一つのほうが採点が楽でしょう。そのため、学生は唯一つの正しい答えに近付けようと努力するのです。そして、答えを近づけることで、受験戦争の中で自分を正当化しているのです。(その名残は大人の世界ではTOEICに代わられています。)
しかし、そこに落とし穴があるのである。英語を日本語に置き換えれば、理解したことになるというのはいささかおかしいのではないでしょうか?確かに、受験生は英文を読み、辞書を開け、正しそうな訳語を探しあて、そして、それを引用しながら、訳を行う。それに対して先生方は、教科書に書かれた訳通りの訳を読み上げ、文法を説明する。そして、先生が一言。「この文法を使い、この用法なので、訳はこうなる。」というのです。
実際、私は学生時代に先生方に「なぜそうなるのですか。」とお伺いを立てたことがあります。すると一言。「そうなるものはそうなるのよ。仕方ないじゃないの!」の一点張り。
この先生はこれまで自らを正当化してくれた受験英語に対し、何故と疑問を持たず、自らの答えを模範解答に近づけることで、自らを正当化してきたもの、そして、その先生にすれば、飯を食う糧を崩壊させるということになるのです。それは嫌だと言わんとばかりに、教師は私に奇襲攻撃をしてきました。中学、高校、専門学校時代とその講師たちの奇襲攻撃を受け、日本の英語教育の衰退を肌で感じ、変えないといけないと思ったのです。そして、それで私は生きていきたいと思ったのです。
2011年10月24日

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